まいど!シロメガネです。
ファーストペンギンというワードがありますよね。
群れの中から最初に海へ飛び込み、天敵がいるかもしれない未知の世界へ踏み出すペンギンのことを指して、リスクを恐れず最初に挑戦する人の比喩として使われます。
なるほど、確かにすごい。
でも、よくよく考えてみると、人類の歴史にはファーストペンギンどころではない人たちが、たくさんいたんじゃないかと思うんです。
たとえば、
「この植物、食べてみよう」と最初に思った人。
今でこそ、スーパーに並んでいる野菜を見て、「これは食べ物」と何の疑いもなく認識していますが、当然ながら人類史のどこかには、「これ、口に入れて大丈夫かな?」という瞬間があったはずです。
キノコなんて、特にすごい。見た目からして、かなり怪しい。
- 赤い
- 斑点がある
- 妙な形をしている
普通なら、距離を置きそうなものですが、いつしかの誰かが食べてみた訳です。
そしておそらく、その長い歴史の中では、「これは食べられる」だけではなく、「これは食べたらダメ」という知識も、誰かの壮絶なチャレンジによって蓄積されてきたわけです。
そう考えると、スーパーのキノコ売り場を見る目が少し変わります。
偉大な先人の皆様、ありがとうございます。
そして、個人的にさらにすごいと思うのが「鍼」です。
ある日、誰かが身体の調子を悪くしていた。そこで、「よし、細い針を身体に刺してみよう」となった。
なんで???
どういう思考回路を経て、そこにたどり着いたのでしょうか。
頭が痛いとなったら、
- 普通なら寝る
- 水を飲む
- 揉んでみる
そこまでは分かります。
でも、「ここで一発、針を刺してみるか」という選択肢が出てくるのは、なかなかなペンギンです。
何か突起物に刺激をされて、好感触を得た経験が有るのかも知れませんけど。。。
しかも、「適当に刺すのではなく、この辺に刺すと良さそうだ」と体系化していった人たちまでいる。
もちろん、植物や鍼の歴史は実際には一人の天才がある日突然発明した、という単純な話ではなく、長い時間をかけて経験や観察が積み重なってきたものなのでしょう。
でも、それでも最初の一歩はあったはずです。
誰も正解を知らない状況で、「もしかしたら、こうなんじゃないか」と考え、実際にやってみた人がいた。
これは、今の仕事にもかなり通じるものがあります。
- 新しいサービスを作る
- 新しいツールを導入する
- 今までとは違う働き方を始める
- 新しい事業を立ち上げる。
こういう話をすると、必ず、「前例はありますか?」という質問が出ます。
もちろん、前例を調べることは大事です。でも、少し意地悪な言い方をすると、前例があるものしかやらないのであれば、前例を作る人にはなれません。世の中の「当たり前」は、最初から当たり前だったわけではありません。
誰かが、「これ、いけるんじゃない?」と言ったところから始まっています。
そして、おそらくその横では、「いやいや、無理でしょ」と言っていた人もいた。
これは今も昔も、あまり変わらない気がします。新しいことを始める人を見ると、私たちはつい完成形で評価してしまいます。
成功すれば、「先見の明があった」と言い、
失敗すれば、「やっぱり無理だった」と言う。
でも、本人が一歩踏み出した時点では、成功するかどうかなんて分かっていません。
海に飛び込むペンギンも、
謎の植物を口に入れた人も、
身体に針を刺してみた人も、
おそらく持っていた情報は、今の私たちより圧倒的に少なかったはずです。
そう考えると、挑戦というものに対して、少し見方が変わります。
無謀であることと、挑戦することは違う。
何も考えず飛び込む必要はありません。
調べられることは調べればいいし、リスクも小さくすればいい。
ただ、
「100%安全だと分かってから始めよう」
と思っていると、たいていの場合、その頃には誰かが先に始めています。
だから、新しいことを始めるときには、
「失敗しないか?」だけではなく、
「もし誰も最初にやらなかったら、これは永遠に始まらないんじゃないか?」と考えてみてもいいのかもしれません。
とはいえ、私は今後も、山で見つけた謎のキノコを最初に食べる役だけは、誰かにお譲りしたいと思います。
挑戦には、適材適所があります。
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