2026/01/28

生成AI使えますか?

まいど!シロメガネです。

本当に聞くべきは「何ができるか?」じゃなく「どう使っているか?」


最近、打ち合わせや会話の中でよく聞かれるのがこの質問。
「生成AIって使えますか?」

この質問は、「エクセル使えますか?」と同じくらい雑な質問です。




「使える」の中身が問われる時代

事務系の求人応募の際の面接で、エクセル“使える”って、答えてて、
ふたを開けてみると、本当に開いて文字編集できる程度の人がいたり など。

・セルに文字が打てる?
・関数が少し分かる?
・グラフの描画ができる?
・ピボットテーブル使える?
・VBAで自動化できる?
…レベルが全然違うわけです。

立派な工具箱があっても、工具の使い方が分からなければ、「そんな立派な工具箱必要?」
なぁ~んてことにもなる訳ですよ。

生成AIも同じ。

・プロンプト設計ができる
・画像生成ができる
・ノーコードツールと連携してる
・アプリが作れる

人によって“使ってる”の幅が広すぎるんですよね。
また、新しい技術なので、ちょっと使ってる程度でも、
自慢げに「こんなこと出来るんです!」感を出してくる人が結構いますよね。


生成AIを“使う人”と“使われる人”

正直、ChatGPTにただ「すごい!」って反応してるだけの人、多いです。

でも大事なのは“何に使うか”が明確であることです。


例えば、
・ブログの構成を組んでもらう
・アイデアを洗い出す
・自分の文章を添削してもらう

これは道具として使いこなしてる状態です。


一方で、AIに聞いた答えを鵜呑みにしてるだけやと、ただの受け身です。

使ってるようで、実は使われてる。


AIリテラシーの核心は“問いを立てる力”

生成AIは「問い」を投げかけてこない。
問いを立てるのは、あくまで人間。

だからこそ、これからの時代は「どう答えるか」ではなく
「どう問いを立てるか」が本質になっていく。


ChatGPTがどれだけ賢くなっても、

あなたが何を知りたくて、何を作りたくて、それをどう表現するか

それをAIに伝える力がないと、宝の持ち腐れです。


“AIができること”じゃなく、“自分がしたいこと”

結局のところ、生成AIはただの道具。
あなたが何をしたくて、それをどう形にしたいか。
そこが定まってないと、どんなに高性能なツールも意味をなさない。

車に例えても
・モノを運びたい
・気分転換にドライブをしたい
・遠くまで旅に出たい
・サーキットを走りたい
・鑑賞したい
・所有欲を満たしたい
本当に様々です。

「あなたは、それで何がしたいんですか?」

それが答えへの、最初の“問い”になると思います。

2026/01/20

心技体

 まいど、シロメガネです。


まいど!シロメガネです!!

年末は晦日(30日)から体調を崩し、
咳が止まらなくなり、咳のしすぎで腰を痛めたり、
頻繁に脇腹辺りをつるようになったり、

寝年末~寝年越し~寝正月を経て、関係各所にご迷惑をかけつつも、
だましだまし仕事をしながら過ごし、気づけば、1月も後半に差し掛かりました。。。

「心技体(しん・ぎ・たい)」という言葉、どこか懐かしく、そして重みのある響きがありますよね。もともとは武道の世界で用いられてきたこの言葉ですが、現代社会においてこそ、その真の意味が問われているように感じます。

スキル(=技)を磨くことばかりに意識が向きがちですが。

その「技」は本当に土台の上に成り立っているのでしょうか?
「心」と「体」に焦点をあて、「技」を支える土台としての重要性について考えてみました。


「心技体」ピラミッド

「体(健康)」と「心(精神)」が下支えし、その上に「技(スキル)」が乗っている。

この視点は重要だと思います。


「体」はすべての土台。無理はきかない年齢に

若い頃は多少の無理も効きましたし、40代半ばを超えてからも、
割と体力はある方だと思いながら、徹夜で作業することもありつつ過ごしてきました。

しかし、ここ最近、体調の乱れが心にも、仕事の成果にも、家庭の空気にも影響していると実感しています。

睡眠不足、運動不足、食生活の乱れ——それらがじわじわと、人生の足元を崩していく。

健康診断の数値には一喜一憂しないのですが。

「しっかり健全に過ごせているかな?」

そんな“原点回帰”が必要な時期かもしれません。


「心」はエンジン。折れたら、何も動かせない

いくらスキルが高くても、心が折れてしまえばその力は発揮されません。

モチベーションの低下、焦燥感、燃え尽き症候群……。
特に真面目で責任感の強い人ほど、自分を追い込みやすいものです。

社会人ともなれば、「自分の機嫌は自分で取るもんだ!」と思ってますし、
そう行動してきている部分もあります。

とは言え、自分一人ではどうしようもない環境条件・設定などなど。

なかなか回復しにくい年齢になってくると、

感情のセルフケア、ストレスマネジメント、そして「休む勇気」。これらは決して甘えではなく、長く走り続けるための“技術”だとも思っております。


「技」は支えられてこそ光る

改めて思うのは、「技」は単独では生きないということです。

いくら知識やスキルがあっても、それを活かす“場”がなければ宝の持ち腐れ。
そしてその場を支えるのが「心」「体」です。

もう一度、「心技体」の順番を見直してみましょう。もしかすると、それは「体心技」という逆ピラミッドなのかもしれません。あるいは、体技」かな?

整ったバランスが、生き方を変える

心が整い、体が支え、技が育つ。

この自然な流れを取り戻すことで、暮らしや働き方、人との関わり方もきっと変わっていきます。

あなたの「心」「体」、今どうなっていますか?

日々の忙しさに流される中で、ほんの少し立ち止まって、自分自身に問いかけてみることも大切かもしれませんね。

「技」を磨くためにも、継続するための「心」「体」が必要ですしね。
もしかすると、そういう行動が、「技」の本当の成長への第一歩になるかもしれません。

ルール

 まいど!シロメガネです!! 今日は 「ルール」 について 便利そうに見えるそのルール、誰のためにあるのか考えたことありますか? マンションの管理規約、学校の校則、会社のドレスコードなどなど。 秩序を守るためにあるはずのルールが、知らぬ間に「 誰かの支配ツール 」になっている。 ...